昭和30年代の交通事情

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修学旅行生の命がけっぷりが凄いw
それにつけても道路事情の劣悪さが目立ちますね。戦前~戦中は鉄道偏重で道路整備は遅れに遅れていました。

1953年に田中角栄議員(当時)らの議員立法により、「道路整備費の財源等に関する臨時措置法」がつくられ、「揮発油税」が道路特定財源となった。
道路特定財源制度 – Wikipedia
注)1953年=昭和28年

昭和30年代といえば、ちょうど道路特定財源制度が作られ、道路整備が加速し始めた頃ですね。この映像を見れば「当時の」道路整備の必要性がよく分かります。
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しかし、こうしてみると今の日本の道路整備はものすごいものがあります。さすがに道路特定財源の必要な時代はもう過ぎ去っていますね。
あと農道や林道の財源も話題になってないけど、相当酷いはず…
ちなみに、酷道1号線その10は50%くらい。今夜~明日にはうpできそうです。

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「昭和30年代の交通事情」への2件のフィードバック

  1. 先日、国交省の直轄国道の内、約1500kmの区間を都道府県管理にするという方針が出ました。
    指定区間というのも重荷になっている(?)実情があるのではと見ていますが・・・
    高度成長期は確かに道路インフラの整備は喫緊の課題でした。地域によって(例えば石川県の奥能登地区)はその場所から県都まで半日掛かるなんて話もデタラメではなかった程です。。
    PS:R51その3をうpしました。ちょっとだけ音質をリッチにしてますw
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm3346778

  2. こんばんは
    ここに紹介されている動画、どれもおっそろしいほど面白いですね。こんな状態をなんとかするための道路特定財源ならわかりやすいですが、今現在これを継続する意味は正直よく分かりませんね。
    いい動画を紹介していただきました。

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